不可能の反対は挑戦挑戦する勇気を

平成30年に卒業され、ラストシーズンは主将を務め、男子の花形種目であるエイトで関西選手権優勝、さらに全日本選手権大会では舵手つきペアという種目で3位になられた飛永直哉さんです。現在は野村総合研究所でお仕事をなさっています。

2017年 関西選手権優勝
2017年 全日本選手権3位
2018年 基礎工学部卒業
2020年 基礎工学研究科卒業
2020年 野村総合研究所入社

入部された経緯についてお聞かせください。

新歓の明るい雰囲気が良かった等の様々な理由がありますが、最大の理由は「ボートという舞台は、自分が活躍し結果を残せる可能性のある部である」と感じたからです。

私は高校まで甲子園を目指す野球少年で、3年生の春にチームが夢である甲子園出場を果たしたのですが、私はただスタンドから応援するのみで非常に悔しい思いをしました。
その時初めて、チームがただ勝つだけではなく、自分が主役となりチームを勝利へ導くような活躍をすることが目標だと気づきました。

大学入学時にはリベンジを野球でするつもりでしたが、ふと立ち寄ったボートの新歓でボートという競技に興味を持ちました。ボートという競技のことを入学時は全く知りませんでしたが大学までの経験者が少ない競技だと聞き、自分でも野球よりも結果を残せる可能性があるのではと感じていました。

ただ最終的な決め手は、先輩たちが「関西No.1になる」と熱く語る姿に心惹かれ、自分が3年後になるイメージが持てた時入部を決意しました。

実際は厳しい練習以上に競技の難しさに悩まされ、結果を残すことは簡単ではなかったものの、あの時良い決断をしたと思います。

関西選手権優勝に踊る阪大ボート部

ボート部生活で最も印象的だったことは何ですか?

多くの思い出があり選びきれませんが、一番といえば4年生の時に関西大会で優勝した後、船台に帰ってきた時のことを鮮明に覚えています。

最終レースということもあり、船台で過去のレースでは経験したことないほど多くの人に拍手をしながら出迎えられ驚きました。そして普段はあまり感情を見せないマネージャーやコーチが泣いて喜んでいるのを見て、チームの念願だった関西No.1になったという実感と、支えてきてもらった人たちに恩返しができたという強い喜びが今でも昨日のことのように思い出されます。

阪大ボート部でのご経験を、社会人になってからどのように活かされていますか?

現在はお客様の巨大なシステムを構築するシステムエンジニアの一人として働いていますが、ボート部時代の「目標と課題を考える習慣」は、今でも様々な場面で私に力を与えてくれています。

ボート競技は他競技者や運要素による影響が少ないため、過去の結果から目標タイムを分析し、実現可能なマイルストーンの設定を強く意識していました。また、競技特性上仲間と漕ぎ方を共有することで艇を効率的に進めることができるため、自分の動きを仲間や理想と客観的に比較し、より本質的な課題を見つけ修正する作業を繰り返していました。

これらの目標設定と課題発見は一見当たり前のことのようですが、チームメンバーの進捗を管理するマネージメントや、問題点と解決策を論理立てて説明する際には必須の能力だと痛感しています。このような感覚を短いスパンで何度も鍛錬できていたことは自分の強みだと感じています。

最後に新入生へのメッセージをお願いします。

私が1回生の時、10年以上続けた野球を捨てて新しい未知の競技にチャレンジすることは実際とても不安でした。

しかし、その時の勇気ある決断がなければ、関西No.1といった称号や全国の表彰台を掴み取ったという今も活きる自信は他のどの部活でも得られなかったと思います。
 
もし、あなたが最後の学生生活でただ仲間を作るだけなく、一つのことに没頭し、何かを成し遂げたいと思うのであれば、ボート部にはチャレンジに値する目標とそれを仲間と共にチームとして成し遂げようとする環境が脈々と受け継がれています。
 
「『不可能』の反対は『可能』ではなく『挑戦』だ」という言葉のように、今度はあなた達が阪大ボート部として達成したことのない『日本一』という悲願を果たし、歴史に名を残すことを楽しみにしています。